今回は読者の方からご質問を頂いたので、その質問にお答えする形の記事です。
閾値走をやっていて
「あ、キツい。でもこのままいっちゃえ!」
と、タイムトライアルのような20分~40分間になってしまった際の練習効果の違いについてです。
これは私の経験でも、ランニング歴が浅い頃に結構ありました。
いつものペースで走り出したつもりでも、その日の調子が悪かったり、気温が高かったり、アップダウンのあるコースだったり…様々な要因でキツさ度合いが通常時より高くなって、それでも頑張って最後までいっちゃうという^^;
そういう時に
(ペースを落とした方が良いか、同じペースで走った方が良いか)
そんな風に思いつつ、選択するのは毎回
「このままいけるところまで行っちまえ~」
になる(笑)
閾値レベルの状態を維持するのと、それ以上のスピードで実施するペース走(テンポラン)やタイムトライアル的なトレーニング。
練習効果はどちらが高いのでしょう。
それぞれの目的と得られる効果、短期的な視点や長期的なメリットなども考えながら、ちょっと整理していきましょう。
目次
【解説動画】閾値走って何でペースが大事なの?TT(タイムトライアル)じゃダメ?閾値走とタイムトライアル、どっちが良いの?(効果の違いは?)
ブログの内容は、以下の動画でも解説しています!
読者からのご質問内容
本日、10㎞閾値走をしました。
1か月前は同メニューでも多少余裕があったのですが、今回はそれよりも体感的にキツくなりました。
ペースは多少遅いのに、頑張り度合いが閾値走のイメージよりもTT(タイムトライアル)寄りになってしまいました。
私の住んでいる場所はすでに気温が高くなってきており、暑くなってきたのも影響したとは思いますが…
そこで教えて頂きたい事があります。
閾値走の途中で
(コリャきつすぎだな)
と感じたら、ペースを多少落としてでも閾値走のキツさ具合で抑えておく方が良いでしょうか。
それともTT(タイムトライアル)寄りのキツさになっても、本来の閾値走の設定ペースを維持する方と、どちらが練習効果が高いでしょうか。
そもそも閾値を超えるペースでの5㎞~10㎞ペース走=TTの練習効果って閾値走とどう違うのでしょうか。
一生懸命頑張って苦しんでも練習効果が低いと体力の無駄使いになるので、TT(タイムトライアル)っぽくならない方が良いのでしょうか。
今後の練習での判断材料としたいと思いますので、ご教示ください。
それは閾値走なのか、タイムトライアルなのか
【質問者さんの走力】
VDOT59辺り(最近のレースでの記録:ハーフ1時間19分台、30km1時間54分台)
実施した10km閾値走の結果
★気象状況 晴れ時々曇り 気温20℃★
【基礎編1】気温によるペース調整について
まず知っておくべきなのは、気温の変化や疾走時間によって閾値走のペースは柔軟に調整していくべきという事です。
気温によるペース調整について
気温が低ければ走りやすいし、高ければすぐに息が切れる。これは多くの方が経験則で分かっている事だと思いますが、どれ位の気温でどれほどペースを落とせば良いのか。
その基準となるのが以下の表です。
VDOT | 15℃ | 20℃ | 25℃ | 30℃ | 35℃ |
---|---|---|---|---|---|
35 | 6'18/km(M) | 6'22/km【+4】 | 6'28/km【+10】 | 6'33/km【+15】 | 6'38/km【+20】 |
5'41/km(T) | 5'45/km【+4】 | 5'49/km【+8】 | 5'53/km【+12】 | 5'57/km【+16】 | |
5'14/km(I) | 5'17/km【+3】 | 5'21/km【+7】 | 5'26/km【+12】 | 5'30/km【+16】 | |
40 | 5'35/km(M) | 5'40/km【+5】 | 5'44/km【+9】 | 5'49/km【+14】 | 5'53/km【+18】 |
5'06/km(T) | 5'09/km【+3】 | 5'14/km【+8】 | 5'17/km【+11】 | 5'21/km【+15】 | |
4'42/km(I) | 4’44/km【+2】 | 4'48/km【+6】 | 4'53/km【+11】 | 4'56/km【+14】 | |
45 | 5'02/km(M) | 5'07/km【+5】 | 5'11/km【+9】 | 5'14/km【+12】 | 5'19/km【+17】 |
4'38/km(T) | 4'42/km【+4】 | 4'46/km【+8】 | 4'48/km【+10】 | 4'53/km【+15】 | |
4'16/km(I) | 4'20/km【+4】 | 4'23/km【+7】 | 4'25/km【+9】 | 4'29/km【+13】 | |
50 | 4'35/km(M) | 4'39/km【+4】 | 4'43/km【+8】 | 4'47/km【+12】 | 4'50/km【+15】 |
4'15/km(T) | 4'19/km【+4】 | 4'22/km【+7】 | 4'24/km【+9】 | 4'28/km【+13】 | |
3'55/km(I) | 3'58/km【+3】 | 4'01/km【+6】 | 4'04/km【+9】 | 4'07/km【+12】 | |
55 | 4'10/km(M) | 4'14/km【+4】 | 4'17/km【+7】 | 4'21/km【+11】 | 4'24/km【+14】 |
3'56/km(T) | 3'59/km【+3】 | 4'00/km【+4】 | 4'03/km【+7】 | 4'06/km【+10】 | |
3'37/km(I) | 3'41/km【+4】 | 3'41/km【+4】 | 3'44/km【+7】 | 3'46/km【+9】 | |
60 | 3'52/km(M) | 3'55/km【+3】 | 3'59/km【+7】 | 4'02/km【+10】 | 4'05/km【+13】 |
3'40/km(T) | 3'43/km【+3】 | 3'46/km【+6】 | 3'49/km【+9】 | 3'52/km【+12】 | |
3'23/km(I) | 3'25/km【+2】 | 3'28/km【+5】 | 3'31/km【+8】 | 3'34/km【+11】 | |
65 | 3'37/km(M) | 3'40/km【+3】 | 3'43/km【+6】 | 3'46/km【+9】 | 3'49/km【+12】 |
3'26/km(T) | 3'29/km【+3】 | 3'31/km【+5】 | 3'34/km【+8】 | 3'37/km【+11】 | |
3'10/km(I) | 3'12/km【+2】 | 3'15/km【+5】 | 3'17/km【+7】 | 3'20/km【+10】 |
気温15℃を基準として、気温が上がるにつれて設定ペースを落としていく事が分かります。
数値の根拠(ダニエルズのVDOT・気温による変化を参照しています)など、詳しくはこちらの記事にて。
質問者さんがお住まいの地域は、すでに気温が20℃前後。VDOTは最近のレースでのハーフ・や30km走から確認すると59辺り。閾値(T)は3分43秒/km。
通常時のペースより2~3秒ほど落とし、3分45秒/kmほどが適切なペースだと考えられます。
【基礎編2】疾走時間によるペース調整について
上記で示した閾値(T)のペースは、あくまでも20分間を疾走時間とする閾値走のペース。
この疾走時間を伸ばす場合のペース調整については、ダニエルズのランニング・フォーミュラに一覧表が掲載されています。
VDOT | Tペース | Mペース | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
20分 | 25分 | 30分 | 40分 | 50分 | 60分 | 60分 | |
30 | 6'24(±0) | 6'28(+4) | 6'32(+8) | 6'36(+12) | 6'40(+16) | 6'44(+20) | 6'51(+27) |
35 | 5'40(±0) | 5'44(+4) | 5'47(+7) | 5'51(+11) | 5'55(+15) | 5'59(+19) | 6'04(+24) |
40 | 5'06(±0) | 5'10(+4) | 5'13(+7) | 5'17(+11) | 5'20(+14) | 5'22(+16) | 5'26(+20) |
45 | 4'38(±0) | 4'42(+4) | 4'44(+6) | 4'47(+9) | 4'50(+12) | 4'52(+14) | 4'56(+18) |
50 | 4'15(±0) | 4'18(+3) | 4'21(+6) | 4'24(+9) | 4'26(+11) | 4'29(+13) | 4'31(+16) |
55 | 3'56(±0) | 3'59(+3) | 4'01(+5) | 4'04(+8) | 4'07(+11) | 4'09(+12) | 4'10(+14) |
60 | 3'40(±0) | 3'43(+3) | 3'44(+4) | 3'47(+7) | 3'50(+10) | 3'52(+12) | 3'52(+12) |
65 | 3'26(±0) | 3'29(+3) | 3'30(+4) | 3'33(+7) | 3'36(+10) | 3'38(+12) | 3'37(+11) |
70 | 3'14(±0) | 3'16(+2) | 3'18(+4) | 3'20(+6) | 3'23(+9) | 3'26(+12) | 3'23(+9) |
VDOTによって落とすペースは異なりますが、閾値走を20分から40分に伸ばした時に落とすペースは概ね10秒/km前後。
仮に20分間閾値走と同じペースで40分近く走るとすると、それはタイムトライアルのペースになります。
従って質問者さんが実施している練習は閾値走ではなく、タイムトライアルという事になります。
閾値走とそれ以上の(タイムトライアル的な)ペースでのペース走(テンポラン)は、何が違うのか
それぞれの練習を実施した時に期待する練習効果について、簡単に整理しましょう
1.閾値走の練習効果
血中の乳酸を除去し十分処理できる濃度に抑える能力を高めるために行う。持久力を向上させるために行うと考えればよい。つまり、ある程度の時間、少しだけ速めのペースで持ちこたえることを身体に覚えさせる、あるいは一定ペースを維持できる時間をのばす、ということだ。
閾値走の練習効果については、すでに何度も見聞きしているとは思いますが、
・ある程度の速いペースで長い時間走り続ける事ができる「持久力」を養成する
という事になりますよね。
難しい表現を使うなら、血中の乳酸を除去して充分に処理できる濃度に抑える能力を高めるために行う、という事になります。
2.タイムトライアルって
10kmのタイムトライアルは、ダニエルズさんが設定する閾値ペース以上のスピードで走る、自分の限界に挑むような強度の高いトレーニングになりますよね。
ダニエルズさんはタイムトライアルについて、書籍の中で
テンポ走の一番の課題は、適正ペースを維持し、タイムトライアルにならないように抑えて走ることであろう。適正ペースは、それよりも速い(あるいは遅い)ペースと比べて練習効果が高い、ということを忘れてはならない。
このように記載しています。
おそらく質問者さんは
「適正ペースは、それよりも速い(あるいは遅い)ペースと比べて練習効果が高い」
この文言が気になっているのだと思います。
「ペースが速いと、タイムトライアルになると、練習効果が低くなるのだろうか…閾値走よりも速く走っているのに練習効果が低いなんて(TдT)」
ここですよね。
ダニエルズさんが言う”練習効果”というのは、どういう事なんでしょう。
私たち市民ランナーの感覚としては、頑張れば、速く走れば練習効果は当然高くなりそうなのに。
この事について、ダイレクトに書籍に詳しく記載されている部分はありませんが、それを紐解く文言はいくつかあります。
旧版のダニエルズのランニング・フォーミュラでの前書きに
私は各トレーニングタイプの効果を最大限引き出すと同時に、ランナーに過剰なストレスを与えないようなプログラムを作成した。
同じく旧版の閾値トレーニングを説明する冒頭に
テンポ走とクルーズインターバルの相違点と共通点を取り上げ、適正ペースよりも速く走ることの危険性について説明する。
ランナーに過剰なストレスを与えないようにする、適正ペースより速く走ることは危険である。
ダニエルズさんは、それを私たち市民ランナーに何度も注意喚起しています。
その他にも
たまによい練習ができることは誰にでもある。しかし、継続性がなければ、実のあるトレーニングとはならない
あるいは
強度として望ましいのは、練習目的を達成できる最も負荷の低い強度である。
単品での練習効果に限定して言えば、タイムトライアルであっても、同じ有酸素系の運動の範囲内といえます。
つまりタイムトライアルでも閾値走で期待出来るようなLTの向上は見込まれますし、むしろそれ以外の能力向上は閾値走よりも高いはずです。
心拍数だって高くなりますし、身体の動きは一層良くなってランニングエコノミーの上昇も期待出来る。着地衝撃が大きくなって筋力の能力向上もあるでしょうし、糖の消費も早い。
特異性の原理で少し触れましたが、マラソンに速くなりたいならMペースで42.195km走るのが最もフルマラソンに効果的な練習だけど、身体が壊れるから市民ランナーには難しい。
だから色々と工夫して、故障しないように練習を継続していく訳ですよね。
閾値(LT値)の改善という目的が大きく期待できる範囲内で、かつ最も低い強度で可能なのが
“閾値走”
という事です。
それ以上のペースでも改善は可能ですし、それ以外の能力アップも期待出来ます。
ただしマラソントレーニングの極意は、
どれだけ長期間怪我や疲労のリスクを回避しながら、トレーニングに空白期間を無くして能力向上をし続けられるか
という事なんです。
怪我は突然やってくるので、あとで後悔する事が多い。
一般市民ランナーが歩みがちなルートとしては
・速く走れば、頑張れば頑張るほど練習効果は高いに決まってる
・それで怪我も無く、疲労もさほど感じなくなってきたし、記録も順調に伸びてきた
・もっと強度や距離を増していこう
→数年~十数年後に怪我や疲労で練習に大きな空白を空ける、競技が出来なくなる、走る事も出来なくなる、など
長い期間をかけて、このルーティーンにハマる事が多い。
それをいかに回避させてあげるかを、ダニエルズさんは考えている。
そういう風に思ってもらえれば良いと思います。
結論 ダニエルズさんの言う”練習効果”とは…
ダニエルズさんが言う”練習効果”というのは、単体の練習での練習効果がどれだけ大きいかという意味ではなく、
長期間に渡って怪我を回避し続けた結果、少しずつ積み上げた練習でランナーが得る事が出来る能力の最大値
という解釈で良いのではないかと考えています。
ジョグやEペースでランナーとしてのベースをしっかり構築した上で、強すぎない練習を長期間実施する。
何年もかけて閾値とランニングエコノミーを少しずつ漸増させていく事こそが、マラソントレーニングの要なのです。
SNSをやっていると、高強度の練習をすると”いいね!”がたくさん付いたり、コメントを多く頂けて嬉しい気持ちになるので、どうしても頻度を多くしがちです(笑)
しかし、マラソンが本当に速くなるための練習の肝となるのは高強度の練習ではなく、SNSではウケの悪い”基礎練習”です^^;
タイムトライアルなど一生懸命走る練習は満足度が高く、
「今日も素晴らしい練習が出来た!」
という気持ちになりやすいですし、非常にスッキリしますよね。
そんな練習になりがちな自分をコントロールして、しっかり目的を明確にしたトレーニングメニューの作成・実施が出来た時、活躍出来る期間が非常に長い、最も自分の能力を引き出せるランナーになれるのだと思います。